東京地方裁判所 昭和61年(ワ)3325号 判決 1987年12月22日
原告 菊池英暢
右訴訟代理人弁護士 武藤功
被告 瀬戸芳男
右訴訟代理人弁護士 山田正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金四二一万六八〇〇円及びこれに対する昭和六一年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五八年一一月一七日、被告から別紙物件目録記載一の土地(以下本件土地という)及び同目録記載二の建物(以下本件建物という)を代金四〇〇〇万円(以下本件代金という)で買い受けた(以下本件売買契約という)。
2 本件代金は次のように決定されたもので、本件売買契約は民法五六五条に定める数量指示売買である。
(一) 本件建物の評価額は無いものとして全て本件土地の代金とした。
(二) 地積は実測によるものとして、その地積は四八二・六四平方メートル(一四六坪)とした。
(三) 一坪の値段を金二八万円とし、これに地積一四六坪を乗じ、代金を算出した。その結果代金額は四〇八八万円となるが、八八万円は値引きして本件代金四〇〇〇万円を決定した。
3 しかし、原告が昭和六〇年一二月一六日、本件土地を株式会社成城土地建物(以下成城土地という)に売却するに際し、本件土地を測量したところ、本件土地は、別紙第一図、、、、、、の各点を順次結んだ直線に囲まれた土地であり、その面積は四三二・八五平方メートルしかなく、本件売買契約で本件土地の地積とされた四八二・六四平方メートルよりも四九・七九平方メートル(一五・〇六坪)も少ないことが分かった。特に、別紙第一図、、、、の各点を順次結んだ直線に囲まれた土地は本件売買契約において本件土地の一部とされたが、右土地はその所有名義が土地登記簿に記載されておらず、公図上二本の実線で帯状に囲まれている、いわゆる二線引(無地番)畦畔であり、国の所有に属するものであった(以下右土地を本件畦畔という)。
4 よって、原告は被告に対し、民法五六五条に基づき、金二八万円に一五・〇六坪を乗じた四二一万六八〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六一年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2中、本件代金が原告主張のような経緯によって決定されたことは認めるが、本件売買契約が数量指示売買であるとの点は争う。本件土地の面積が目安として代金額は決定されたが、本件売買契約はあくまで本件土地及び本件建物の個性に着眼してなされたものである。
3 同3、4は争う。本件土地は次のとおり、別紙第二図(、、、、の各点は別紙第一図、、、、の各点と同一地点を示す)、、、、、、、、の各点を順次結んだ直線に囲まれた土地であり、その面積は四八二・六四平方メートルであって、数量の不足はない。
(一) 本件土地の北東角
別紙第二図点に境界石が埋設されており、これが真実の境界であるのに、原告は、右境界から一六・八センチメートル西寄りの点を境界として実測している。
(二) 本件土地の南西角
別紙第二図点に境界石が埋設されており、この境界石から一・〇三九メートル西寄りの点が真実の境界であるのに、原告は、右点を境界として実測している。
(三) 本件土地の南東角
別紙第二図点に境界石が埋設されており、この境界石から一・〇三メートル南寄りの点が真実の境界であるのに、原告は、右点を境界として実測している。
(四) 別紙第二図、の各点については原・被告とも一致している。
(五) 被告主張の右、、、、の各点については、いずれも各隣接地の地主が境界として承認している。
(六) 被告は本件畦畔も含めて、本件土地の前所有者谷一郎(以下谷という)から本件土地を買い受け、そのままこれを原告に売り渡したもので、その引き渡しも本件畦畔を含んだ四八二・六四平方メートルについて完了し、所有権移転登記も四八二・六四平方メートルの地積の土地について完了しているのであるから、原告主張のような数量不足はありえない。原告は、昭和五九年一一月二七日、秦野市が実施した市道との官民境界査定の際、市道に接する本件土地(本件畦畔を含む)の所有者として現場立会をし、同市に対し、土地境界に異議がない旨承諾している。
三 抗弁
1 本件売買契約に基づく被告の売主としての引渡義務は、次のとおり、社会通念上完全に履行されている。
(一) 被告は原告に対し、本件売買契約の契約書に対象物件として表示されている本件土地及び本件建物を全て現実に引き渡している。すなわち、被告は、請求原因に対する認否3で述べたとおり、原告に対して、四八二・六四平方メートルの土地を現実に引き渡している。
(二) 被告は原告に対し、登記簿上、四八二・六四平方メートルの地積を有する土地として本件土地の所有権移転登記を完了している。
2 原告は、次のとおり、本件売買契約に基づき原告が取得すべき本件土地の所有権の内容を悉く享受している。
(一) 原告は、本件土地を被告から買い受けた時から成城土地に売却するまでの二年間にわたり、本件建物に入居し、かつ、誰からも妨害されることなく本件畦畔を含む本件土地をその敷地として専用使用し、これにつき何らの異議・苦情も受けていない。すなわち、原告は、本件土地が四八二・六四平方メートルの地積を有するものとして使用・収益し、現実に利益を享受してきた。
(二) 請求原因に対する認否3で述べたとおり、秦野市が実施した市道との官民境界査定の際も、市道に接する本件土地(本件畦畔を含む)の所有者として現場立会をし、同市に対し、土地境界に異議がない旨承諾しており、本件畦畔についても所有者として行動している。
(三) 原告は、成城土地に対し、本件土地を登記簿上の地積四八二・六四平方メートルとして売却しており、本件土地が四八二・六四平方メートルの地積を有するものとして処分し、その利益を享受している。そして、成城土地に対して追奪担保責任を負うこともない。
3 右1、2によれば、仮に本件畦畔が原告主張のとおり国有地であったとしても、原告の代金減額請求権の行使は権利濫用となる。
四 抗弁に対する認否
争う。
原告が本件土地について所有権の内容を享受していたか否かと原告の被告に対する代金減額請求は別の問題である。また、原告は、成城土地から被害弁償の請求を受けているし、原告が仮にそのような請求を受けていないとしても、数量指示売買における売主の担保責任は第三者から追奪を受けたことを要件とするものではないから、原告の被告に対する代金減額請求に影響を与えるものではない。
第三証拠《省略》
理由
一 数量指示売買について
1 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
2 請求原因2の事実中、本件代金が原告主張のような経緯によって決定されたことは当事者間に争いがない。
3 原告は、本件売買契約では本件土地の実測面積が表示され、その実測面積を基礎として代金額が定められたもので、本件売買は民法五六五条に定める数量指示売買であると主張し、被告は、本件売買契約はあくまで本件土地及び本件建物の個性に着眼してなされたもので、代金額の決定にあたって本件土地の面積が目安とされたにすぎないと主張してこれを争うので、この点について判断する。
(一) 《証拠省略》によれば、本件売買契約の契約書の売買物件の表示欄には、本件土地の地積として「四八二・六四平方メートル」と記載され、さらに、特記事項として「この地積は実測によるものとする」と記載されていること、また、右契約書第五条には「本件土地の地積を明確にするため物件の地積は表記(四八二・六四平方メートル)によるものとし売主は買主に対し境界を指示する地形図を手交するものとする」と記載されていることが認められる。
(二) そして、《証拠省略》によれば、①被告は不動産業者である富士実業株式会社(以下富士実業という)に対し、「三七〇〇万円私に入ればどんな売り方をされても結構です」といって本件土地及び本件建物の売却を依頼し、本件土地の実測図を渡したこと、②富士実業は、本件土地についてその面積が四八二・六四平方メートルで、価格が三・三平方メートルあたり二八万円であると記載した販売のためのチラシを作成して他の不動産業者に流したこと(建物については「古家有り」とだけ記載されている)、③富士実業の従業員である藤井廣文(以下藤井という)は、かつて富士実業と取引のあった菊池晋助から原告を紹介され、原告を現地に案内したが、その際、原告に対し、本件建物は古いので価値がない、本件土地の価格(三・三平方メートルあたり二八万円)については、もし何かあって売るとしたら今買った以上の価格でいつでも売れると説明したこと、④本件売買契約の契約書は、藤井がその内容を記載し、原告と被告に別々の機会に示してその署名・押印を求めたものであるが、藤井は被告から本件土地の実測図を交付されていたので、実測面積による売買とし、右契約書作成の際の原告との交渉の結果、売買代金については、前記チラシに三・三平方メートルあたり二八万円と記載されているので、それに坪数をかけ、端数を値引きして四〇〇〇万円と決め、本件建物は古いので、全く価値がないということにして、原告において使うのは構わないが、壊れたりした場合、売主には責任がないこととしたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 右(一)、(二)の事実によれば、本件売買契約は、実質的には本件土地だけの売買契約であり、本件土地が四八二・六四平方メートルの実測面積を有することが契約書上明示され、右実測面積を基礎として本件代金が決定されたものであるから、原告主張のとおり、本件売買は民法五六五条に定める数量指示売買であると認めるのが相当である。
二 数量不足及び権利濫用の抗弁について
1 原告は、本件土地は別紙第一図、、、、、、の各点を順次結んだ直線に囲まれた土地であり、その面積は四三二・八五平方メートルしかなく、本件売買契約で本件土地の地積とされた四八二・六四平方メートルよりも四九・七九平方メートルも少ない旨主張し、被告は、本件土地は、別紙第二図、、、、、、、、の各点を結んだ直線に囲まれた土地であり、その面積は四八二・六四平方メートルであって、数量の不足はない、仮に数量不足があったとしても原告が代金減額請求権を行使するのは権利濫用になる旨主張してこれを争うので、この点について判断する。
2 《証拠省略》によれば、別紙第一図、、、、、、の各点を結んだ直線に囲まれた土地の面積は原告主張のとおり四三二・八五平方メートルであること、別紙第一図に境界石と表示された地点に境界石が存在し、鋲と表示された地点に鋲が存在することが認められる。
3 そして、《証拠省略》によれば、本件売買契約においては、本件畦畔が本件土地の一部とされたが、本件畦畔は、公図上地番が付されておらず、したがって、本件土地の登記簿上本件畦畔を表示するためには、本件畦畔について国からの払い下げ手続をとって本件畦畔に地番を設定し、本件土地と合筆する手続をとる必要があることが認められる。
4 しかし、さらに、《証拠省略》によれは、次の事実が認められる。
(一) 本件土地は、昭和三八年七月九日、神奈川県中郡西秦野村千村字萩山一二三番畑一畝一六歩(以下一二三番の土地という)から同番二、三、とともに分筆されたものであるが、この分筆のために作成された測量図が本件売買契約において本件土地の実測図とされた乙第三号証であった。
(二) 一二三番の土地は、明治二六年五月二九日にその所有権の登記がなされているが、その表題部には、「一 畑八畝二八歩 外畦畔二六歩」と記載されており、本件畦畔も一二三番の土地の外畦畔に含まれるものとして登記簿上表示されていた。そして、(一)の分筆の際、右外畦畔も含んだ九畝二四歩が、登記簿上も、実際の土地としても分割され、本件土地の登記簿には右外畦畔のうち、本件畦畔を含んだ面積として一四六坪(四八二・六四平方メートル)が表示された。
(三) 一二三番の土地は、(一)の分筆前の昭和三〇年三月一六日、谷一郎(以下谷という)が相続により取得したが、谷は、(一)の分筆をした後、昭和三八年九月二五日、本件土地を右分筆の際の実測図にしたがって被告に売却し、被告は本件土地に本件建物を建築し、以後本件売買契約に至るまで二〇年以上にわたって本件建物に居住してきたが、本件土地を実測したことはなく、本件土地は右実測図のとおりの面積を有するものと信じ、また、本件畦畔も当然本件土地に含まれるものと信じていた。
(四) 別紙第一図に境界石と表示された地点に存在する境界石や鋲と表示された地点に存在する鋲は、正確に右実測図を現地に当てはめて設置されたものであるか疑問があり、右実測図を現地に当てはめて本件畦畔を含めた本件土地の範囲を特定すると、被告主張のとおり、本件土地は別紙第二図、、、、、、、、の各点を結んだ直線に囲まれた土地となり、その面積は四八二・六五平方メートルとなって、本件売買契約に表示された本件土地の面積よりも〇・〇一平方メートル多くなる。そして、右直線を本件土地と隣地との境界とすることについては、隣地所有者も異議はないと述べている。
(五) 原告は、本件土地を買い受けるにあたって、藤井から本件土地の境界を具体的に示されたわけではなく、自分で本件土地の周囲を回って大体の境界の見通しをつけて本件売買契約を締結し、本件土地の実測図として乙第三号証の写しの交付を受けたもので、本件土地を買い受けてから、成城土地に本件土地を売却するまで、被告と同じく本件土地を実測したことはなく、本件土地は右実測図のとおりの面積を有するものと信じ、また、本件畦畔も当然本件土地に含まれるものと信じていた。そして、秦野市が実施した市道と官民境界査定の際も、市道に接する本件土地(本件畦畔を含む)の所有者として現場立会をし、本件畦畔と市道との境界を確認した。
(六) しかし、原告は、本件土地を成城土地に売却してから、成城土地から、「本件土地を実測したところ本件土地の地積は四三二・八五平方メートルしかない、原告と成城土地との売買契約では、土地の面積は登記簿によるものとされていたので法律上は責任追求できないかも知れないが代金の減額をしてもらえないか」との申入を受け、境界石を基準に本件土地を実測し、かつ、公図上本件土地に含まれていない本件畦畔を除くと、本件土地の地積は四三二・八五平方メートルしかないことを確認し、本件訴訟を提起するに至った。
(七) 本件畦畔を含む一二三番の土地の外畦畔は、畑である一二三番の土地を保護するための畦畔であり、したがって、(二)記載のとおり一二三番の土地の登記簿に外畦畔として明示されていた。このような外畦畔は、明治初年の地租改正の際の田畑の面積の測量にあたって、収穫調査の都合上、田畑の面積から除外されたが、もともと田畑と不可分のものであるから、官民有を論じず、本地である田畑の地種に編入し、地券に「外畦畔○○歩」と登記することとされたもので、このように登記された外畦畔は、一般に民有地と理解され、分筆の際も、(二)記載のように民有地の一部と扱われていた。国(大蔵省)は、公図における無地番地は国の財産であり、右のような外畦畔については本地である田畑の所有者の占有が推定されるが、時効取得を理由とする払い下げ手続をとらなければ本地である田畑の所有者の所有とはならないと解しているが、本件土地の所有者にとってこのような払い下げ手続をとることに困難はない。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
5 右4の事実によれば、本件畦畔を除いては、本件土地の面積不足は認められないし、本件畦畔も仮に国有地であることが確定的なものであるとしても、取得時効を援用しさえすれば本件土地の所有者の所有となるものであり、右4で認定した本件売買契約の経過及び原告の本件土地の使用状況からすれば、原告において本件畦畔について取得時効を援用せず(原告は既に成城土地に本件土地を売却しているので時効援用の機会を失っているが、成城土地は本件土地とともに右時効の援用権を取得している)、被告に対して代金減額請求権を行使することは被告主張のとおり権利濫用となるものというべきである(このような代金減額請求権の行使を認めれば、本件土地の買主は無償で本件畦畔の所有権を取得できる結果になる)。
三 よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 福田剛久)
<以下省略>